夏の北単達がやって来る。快音を響かせてオイルやタイヤ交換等のルーティーン作業をしては、また陽の光を煌めかせて夏の陽差しの中へ帰っていく。こういうのは好きだ。もちろん、メンテ屋とは云えカスタム屋やチューナーの末席にも籍をおく身としては造ったり、考えたりするのも好きだが、こうやって良い季節に調子よく美しく走るオートバイを日々見送ることには幸せを感じる。
そして残る言葉…「また来るわ!!」。そう、必ず無事に、また来て欲しい。機械であるオートバイにはいろいろあったとしても、「また来るわ!!」と出ていったのなら、また来て下さい。重整備だろうがメンテナンスだろうが、ネジを緩めて締める作業をしたのなら、売っているのは技術だけではなく『安心』なんだと思う。
テストランで手をかけたオートバイを走らせている時は、青い空と白い雲、気持ち良い風の中で楽しく走れるか…を感じている。ただしそこはメカニック、ベアリングやらシールやらネジやパーツの強度や造り込みなんかを疑いながら走ってしまう。でもこれは手をかけたメカニックのみの感覚で、オートバイ乗りは自らのオートバイ、愛機を信じてオートバイを走らせる。アクセルを開け、ブレーキを絞り、フルバンクで荷重をかける。オートバイを信じられた上で、始めてオートバイを楽しめるのだろうし、幸せなオートバイライフの基本でもある。
先日、古いRZ350改に乗った。一通り手をかけさせてもらったオートバイであり、乗り手も25年以上、そのオートバイと共に知った仲である。それでも、車体はフロントブレーキマスターとノーマルスイングアームに補強が入った程度で、見た目はキャブとチャンバーだけ。ただしエンジンの中は慎重に手をかけてある。細いフロントフォークに、ヨレヨレの車体は今のオートバイからすれば明らかに強度不足を感じるのだが、これが何とも素晴らしかった。アップライトなポジションに路面からの情報がダイレクトに伝わるノーマルステップ。「どうにでもなる」気がするのだ。かなりのパワーアップを果たしたエンジンに対してどうかな? と思っていたが、その車体は驚くほどに懐が深く、他人のオートバイなのにまるで恐怖を感じずに走れた。当時のヤマハの技術者に改めて敬服する。
もちろん各部をきちっとメンテした安心の上であるが、顔がニヤけてどうしようもなかった。
先日乗せてもらったLツインの1098も楽しいオートバイだったけれども、速さとか曲がる・止まるという絶体性能以外、楽しさには27年の技術の進歩も関係ない気がするし、差があるとすれば、自分で手をかけた分だけRZの方に楽しさでは分があると感じた。「オートバイへの信用」の差である。
もちろん、乗り手にはそんなことはあまり関係ないハズ。自分のオートバイを信じ、あとは自分に出来る限りのライディングで愛機とのコミュニケーションを取るのみ。オートバイに対する不安や猜疑心は、メーカーの技術者やオートバイ屋が全て背負うべき宿命なんだと思う。
それがオートバイ屋になった自分のヤリ方であり、道だろうな…と思っている。
あまり北単的ココロっぽくないけれど、この時期になるとあらためて思うのである。「また来るわ!!」と出て行くオートバイ乗り達の笑顔、透き通るエキゾーストノート、そして背負ってしまった宿命。この道を歩いて行こうってね…。
皆どうか無事で! 皆どうか楽しくありますよーに! では「また!」